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2014年9月30日火曜日

缶入り飲料を購入する際にともなう危険のお知らせ。

 関東某所にて。

 昨日は秋らしい高い空と、秋らしくない日射しがミックスされた、なんともけしからん日中だった。思えばすべてはここから狂いだしていたのかもしれない。

 一昨日の昼まで『ド』の付く暇っぷりをかましておきながら、それからにわかに、あっちゃこっちゃへ動きまわる羽目になった鶏。途中で眠くならないようにひたすらガムを噛み続けたせいで、ホモでもないのに顎が痛い。

 ま、秋がどうとか暇とかホモとかそんなことはさておき、とにかく鶏は喉の渇きを癒やすため、夕闇せまる田舎道の脇に佇む自動販売機の前へ立ったのである。ちなみにお目当てはドクターペッパーだった。

 硬貨投入口へ売価きっちり──百円玉および十円玉をそれぞれ一枚と二枚で放りこみ、ドクペの見本が鎮座する位置の真下へ指を伸ばそうとしたその瞬間。

 背後へ迫り来るただならぬ殺気に振り向く鶏。闇のなかを尋常の範疇を著しく超えたスピードでこっちへ向かってくる怪しげな光。わずかだが人の声も聞こえている。鶏は直観した──殺(や)られる。あの光はまちがいなくおれの命(タマ)を狙っている、と。

 土地勘のない場所。得体の知れない化けもの……いや、ともすると最新の殺人兵器かもしれない。ヤバさマックス。そういう条件下での戦い──戦況は圧倒的に鶏のほうが不利だが、躊躇している暇はない。コンマ二秒の迷いが一馬身、それ以上の遅れを取れば入着すら危ういサラブレッドの世界同様、鳥類最強を自負する鶏も、ほとんどポンコツといっていい四十五歳児の肉体を以て瞬発力勝負に出た──間一髪。

 思いのほか大型だった光の正体を、ろくに上がりもしない右足の蹴りでなんとか仕留める。派手なアクションで車道へ投げ出された怪しげな光と、それとは別の有機生命体。光のほうは申し訳程度のセンターラインを越え、そこを行く車両に踏み潰された。

「なにすんだ、てめえ!」

 若い声帯から発せられた文句。容姿のほうは幼いんだかそうじゃないんだか、宵の闇がわからなくしていた。

「なにするって、蹴っ飛ばしたんだよ」
「……ふざけやがって」

 立ちあがってきたそいつの顔を自動販売機の照明が闇に浮きあがらせる──ガキのチンピラ。今どきの日本じゃまずお目に掛かれないファッションに身を包み、それでもっていきり立ってみせる化石のような馬鹿。鶏はまだ押してなかったドクペのボタンを、ドアをノックする要領で叩いた。

「そりゃ、こっちのセリフだ、ちんどん屋」

 落下の衝撃で炭酸が噴き出してくることを心配しながら、プルトップを引く──やっぱり爆ぜた。泡がちんどん屋の顔を濡らす。

「おっさん、警察呼ぶぞ、警察」
「好きにしろ。だけど、どうやって呼ぶんだ?」

 ちんどん屋が忙しい動きであたりを見まわす。

「あそこでノシイカみてえになってんのが探しもんじゃねえのか」
「ウソだろ、おい!」

 申し訳程度の反対車線で骸を曝している110番通報機。生死の確認へ走るちんどん屋と入れ替わりで、件のブツを処刑した男が銀のステップワゴンから降りてきた。

「あの……なにかあったんですか?」
「見てのとおり……っていっても、見ただけじゃわかんねえか。轢き殺されかけたんだよ、あそこで廃品回収してる小僧に」

 処刑男は『ああ……』とはいったものの、状況を理解しているようには見えなかった。

「警察を呼んだほうがいいですかね?」
「あんたがそれでかまわなければ」
〝おい、おっさん! 警察だよ、警察! 早く呼べや!〟

 近づいていってぶん殴る真似をすると、ちんどん屋は頭を抱えた。

   §

 制服どもの見解は珍しく鶏に優しいものだった。こういうときの悪者は大抵いっつも鶏で、運が悪いと鍵の掛からない便所のついたホテルに一泊させられることもあるんだが、今回はそうじゃなかった。

「なんでだよ! オレ、いきなりコイツに蹴られたんだぞ!」
「暗い夜道で無灯火。それもスマホ片手にとんでもないスピードで向かってこられたら俺でも同じことをするぞ」

 今の制服の説明はすべて処刑男が三本線──巡査部長に話して聞かせたことだ。それに対してちんどん屋の言い分は終始一貫していなかった。鶏も一応、処刑男と似たような内容を口にしたが、照会歴に膨大なデータを残している男がなにをいったところで話半分なのが浮き世の常。制服どもの関心が余計なところへ向かないように、控えめな態度で受け答えしたのが功を奏したのか、鶏がこの件で傷害を取られるようなことにはならなかった。もっとも当事者の誰かが身柄を拘束されるような事態にはなっちゃいないんだが。

「オレのスマホどうなんだよ!」

 制服の『民事的なことについての説明』など一ミリも理解していない、というより九九すら理解してなさそうな脳みその持ち主が唾を飛ばして喚く。

「それは私が弁償します」

 処刑男がちんどん屋にではなく、制服にいった。

「そうして頂けると、我々も助かります」

 当たり前だろ、と毒づくちんどん屋を、三本線がわりかしでかい声でたしなめた。

「おれは協力できないけど、それでも弁償すんのかい。池内さん」

 池内──処刑男の免許証に謳われている名前。

「え、あ、はい。もちろん、私が個人的に考えてることですから、中村さんには──」
「そんなことする必要ねんじゃねえか? 常識ねえガキをつけあがらせるだけだよ。あんたもそう思うだろ?」

 目障りで耳障りなちんどん屋を無視して池内と三本線にいった。

「そしたら後は、皆さんで話しあって決めてください。この件についての記録が必要であれば署に連絡を」

 通り一遍の文言を口にしたおまわりどもがパンダ色のアスリートへ乗りこむと、野次馬の波も引きはじめた。

「それじゃおれ、忙しいからさ。あとは任しちゃっていいかい?」
「はい。大丈夫です」
「今さら余計なことかもだけど、考え直したほうがいいよ、弁償。だいたい、あんただって筋合いじゃないだろう。けっこうするぞ、出たばっかのiPhone」

 荒い鼻息──なにかいいたげなちんどん屋の目。

「おい、ちんどん屋。次は今日みたく優しくしてやれねえからな」

 目を逸らすまで見つめてやる。iPhoneが新しくなることで満足してるのか、文句を言い返してはこなかった。

   §

 そんなわけでみなさんも夜道でやむを得ず自販機のドクタペッパーを買うことがあると思います。ただしそのときは周囲の状況に充分な注意を払い、命の保護に万全を期してくださいまし。

   §

 刑法第37条【緊急避難】

 第1項 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為はこれによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は情状により、その刑を減軽、又は免除することができる。

 iPhone<鶏の命。納得いかない人はイイネ、もしくは罵詈雑言をおながいしまう。

 現場からは以上です。m(_鶏_)m


『これからいいところなんだから邪魔すんじゃねえよ』なんてことが最近はめっきり少なくなった鶏。紫色の黄昏なんて好きじゃねえな──そんなBGM

 ペッパー警部byピンクレディー(1976)